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las vacaciones en la islaverde
Sleepovers(ネタバレしてます)
2008年 04月 26日 (土) 13:36 | 編集
ジャクリーン・ウイルソンで最初に読んだ本です。これではまってしまったわけです。でも、ネタバレ書評はこれくらいにしておきます。これも、あらすじどころか、何もかも書いてしまっているので、未読の方はこれ以上読まないでくださいね。
本の画像の下からネタバレになります。


(スペース多め)




SleepoversSleepovers
(2002/06/03)
Jacqueline Wilson

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表向きのあらすじ。
デイジーは転校生。両親はハンディキャップを持った姉の世話で忙しく、なかなかデイジーにかまってくれません。そんな姉にひどいことを言ってしまうこともあるけど、本当は姉のことが大好き。さて、新しい学校で友達ができるかとっても心配だったデイジーですが、どうやら仲良し4人組に入れてもらえそう。その中でもエミリーという子がデイジーと気が合いそうで、デイジーは親友になりたいと思うのですが、グループの一人、クレアがデイジーに意地悪をして、邪魔しようとします。グループ内で順番にお泊まり会をしていくのですが、そこでもひとりだけベッドが別だったり、呼んでもらえなかったりといろいろつらい目にあうデイジーですが、最後には意地悪なクロエはグループと絶交し、エミリーとデイジーは親友になるのでした。

ふむ・・・

私の解釈。
女の子同士の友情ってのは、いろいろ複雑なルールがあります。日本でもそうだけど、英米圏ではもっと体系化されて、ルールも厳しい(笑)。さすがイギリス、と妙なところで感心してしまう私。
まず、ベストフレンドというのが、一番の仲良し。これは、一人につき一人しかいません。三人組の場合は、一人はセカンド・ベストフレンドになります。これはオフィシャルかどうか、つまりみんなに認められているかどうかも重要な要素です。ベストフレンドは掛け持ち禁止とか、いろんなお約束があります。なんでも言わなきゃだめとか、ベストフレンドを飛び越して、他の人と仲良くしちゃだめとか。

この仲良し4人組、プラスデイジーなんですが、アンとベラ、エミリーとクロエという二つのベストフレンド同士のペアで成り立ってるんですね。ベストフレンドはいつもいるわけではなく、いない時もある。「私たちベストフレンドね!」「もう絶交!」とかいうふうに関係が始まったり終わったりする。親友がいないのは嫌だからとりあえず、という場合もあり。まるであれですな・・・

エミリーとクロエは家庭環境も全く違うし、おそらく共通の会話も何もないんだろうなあと想像できるのですが、とりあえずベストフレンドになっていたと。

そこに転校生のデイジーが入ってきたわけですよ。

さっき書いた通り、ベストフレンドは一対一の関係なわけだから、3人、または5人になると、バランスがとれなくなる。こういうのはありえない。
だいたい、みんな仲良くって日本だけですよね。洋書を読んでるかぎり、そんな考えはどこにもなさそうです。

クロエは、エミリーと家庭環境が似ていて、性格も合いそうなデイジーを見た瞬間、これはまずい、と思ったはず。エミリーといたって大して楽しくないんだけど、親友がいない学校生活なんて死んだ方がましだから、ありとあらゆる手を尽くして妨害するわけです。

その新参者が私たちアルファベットクラブよ!とか言い出して仕切るものだから、これは火に油(笑)。これはルール違反でしょ、と。

でも、クロエもどこかでそんなことしても無駄って思ってるようなんですよね。いずれはデイジーとエミリーは親友になって自分がのけ者にされちゃうんだろうなと。クロエの家はお母さんがとてもおしゃれで、クロエもかなり背伸びしていて、(クロエ自身もまだまだ子供なんだけど)、他の4人の本当に子供っぽい様子に何が楽しいの?とちょっとバカにしているところもある。
様々なイジワルも、親友を失うことに比べたらどうなの?という気持ちがそうさせるんだよね。いいことだとは思いませんが。

ただのイジワルな子がグループから外れるという話ではないと思う。クロエの気持ちも私にはよく分かります。

だから最後にクロエは自分からグループを抜けると宣言して、出て行くのですが、その潔い態度はなんだか清々しくて、おお、がんばれーとちょっと応援したくなったのでした。

これが日本だと、絶対に(ここ強調)仲直りして、5人仲良くという結末になると思うのです。間違いないです。どっちがいいのかは分かりません。それぞれの風土というものもあるだろうし。ただ、現実に近いのは、やっぱりこの、イギリス風の解決だと思います。

そんなことを考えながら児童書を読む私なのでした。
こども・・・・
2008年 04月 24日 (木) 21:05 | 編集
こどものように、という表現がどうにも苦手。
気になるのは表現だけで、肝心なのは内容だと思っているのでべつにどうという訳ではないのですけど。

こどもになることを強要されてるような気がして、びくっと身構えるのです。

私はこどもになったつもりで子供の本を読んだことは一度もありません。いつも大人の視線から、大人として楽しめるかどうかだけを考えて読んでいます。(これは、こどもにすすめる本かどうかという視点とは、全くちがいます)私が大人かどうかという議論はおいといて。

最初に多読をやってみようと思った時、児童書を読まずにペーパーバックに行ける方法はないものかと真剣に考えたくらい。
実際に読んでみたら面白かったのですけど。でも所詮子供の本と思っているのは、変わりありません。それを書いてるのは大人なんですけどね。

だから、出てくる感想としては、これは安直な結末だよーとか、子供の本なのに、大人が読んでも十分楽しい、とかそんなのばっかり。子供時代を思い出したこともあったけど、なつかしいなーと大人の視点。

だから、そういうのが普通だとばかり思っていたのだけど。

こどもになるのが嫌な理由は、これまで培ってきた経験や知識を全否定される感じがするからだと思う。分からないところだって、そういう知識を総動員してつなぎつなぎ読み進めているわけで、だからこそ数年足らずで大人の本が読めるようになるのだと思う。(念のため、辞書をひくとかいう意味ではないですよ)

(分からないところを、そういうものもある、分かる時に分かる、とそのままにしておけるのも大人の知恵だし、なんでもかんでも今すぐ分からなきゃいやだーと辞書に走るのは、ないものねだりだよなあ。)

もう、どんどん吸収する力もないし、何回も飽きずに同じ絵本を繰り返し読んだりもできないし、純粋なこどものようにはいかないのだけど。少なくとも私は、もうそんなことがしたい訳ではないと。

でも、やりたいことを好きにできる、という自由度は実際の子供にくらべたら大人の方が恵まれてるのかな。あとは知識と経験でカバー?

うーん「おとなこども式」かな。私の多読は。
George's Marvelous Medicine(ネタバレしてます)
2008年 04月 24日 (木) 20:28 | 編集
ずうっと前に読んだ時から気になってたんです。これ。書いてみます。あらすじどころか結末まで書くつもりなので、未読の方はこれ以上スクロールしないでくださいね。

George's Marvelous MedicineGeorge's Marvelous Medicine
(2007/08/16)
Roald Dahl

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ジョージはおばあちゃんが大嫌い。いつも口うるさいし、へんなニオイもするし、いなくなればいいのになあーといつも思っています。これはねー、べつにいいんです。子供は単純にそう思っちゃうでしょ。

しかし!ジョージはおばあちゃんを消す薬をつくって、それが成功して最後にはおばあちゃ
はいなくなっちゃうんです。

それで、「めでたしめでたし」なんですよ。

ダールは突飛な話が多いけど、これは「殺人」じゃないのか?それでハッピーエンドっていうのはどういうこと?ジョージのお父さんも「あ、いなくなったねー」とあっさり一言で、べつに寂しそうな様子もなかったし。
そのへんの怪獣をやっつける話と一緒にしていいんだろうか、とかなり悩みました。

最近の風潮だと、これを真似する子がでたらどうするんだ、とか敬老精神に反している、とかいくらでも文句が出そうだけど、いまのところそんな話は聞いてないしなあ。

ネイティブの知り合いにこの話をしたところ、ダールは大御所作家だから、何を書いても誰も文句が言えなかったんじゃないか、他の人だったらちょっと問題になるかもね、という答えが返ってきたのですが、それでも全て納得できたわけではなく、悶々。

このおばあちゃんだってモンスターみたいな書かれ方をしてるわけではなく、年を取って、自由がきかなくなって、孤独で、だから性格が曲がって口うるさくなってしまった、と匂わせる描写が何箇所かあるんです。それで余計にうーん、と。

嫌な奴は消してしまえ、それでわーいわーいというのはすごく嫌だと思っていたけど、最近結論らしきものが見えてきました。それで書こうと思ったのです。

つまり、これは「お話」なんですよね。
最近映画などで、こんなのありかよーというのを何度か見たというのもあるけど、現実とお話の区別がきっちりとあるんだなあと。

それを区別できない子は、きっとまだこんな本を読んじゃいけない、ということなんだろうな。こうだったらいいな、というのを100%仮想世界の中で楽しむ。なかなか高度な技だー。

日本では凶悪事件が起こるとゲームの影響か?とすぐ言われたりするけど、どうなんでしょうね。着ぐるみの中に人間が入っているのが分からない子はいないと思うんですけどね。

50ページルールと新しいわたし?
2008年 04月 20日 (日) 11:28 | 編集
えー・・・
オフ会などでは何度も主張(えらそー)してることなんですが、私はペーパーバックを読む時、特に初めての作家を読む時には、50ページの法則というマイルールを課すことにしています。

どういうことかというと、どんなに難しく思えても、つまらなくても、50ページまではとにかく読んでみる、と。

最初の数十ページは延々と前置きだったり、情景描写だったり、クセのある書き方をする人だと、ただ単に文章に慣れてない、そういう理由だけで楽しめないことが多いような気がするからです。

それを多読三原則を適用してどんどん投げてしまったら、読めるペーパーバックなんてなくなりそう。
とにかく50ページまで進めば話も少しは動き出すし、文章にも慣れるんじゃないかと。

けっこうこれはうまく行って、最初はちょっとつらいなと思っても、しばらく読んでいるうちに50ページを知らないうちに超えて、100ページくらいまで進んでいることも多い。

そのかわり50ページを超えても最初と同じ感触だったら潔く投げましょーと。
きっと相性が悪いか、今日は体調がよくないんだわーということにして。レベルが高すぎたとは、決して思わない(ダメージが大きくなるからね。そもそもレベルって何だ?)、これもコツです(笑)。

50ページってぜつみょーなタイミングなのです。100ページまで来ると、3桁!とちょっと達成感があるし、半分を超えて左手の厚さが右手の厚さを超えると(タドキストだけに分かるこの感覚)、えい読了しちゃえーと、もう絶対投げられません。

しかし、自分でルールを作っておきながらなかなか投げられなかった私ですが、停滞を超えて新しい私なのです。読みたいものしか読まないのです。たぶん・・・

はい、投げました。これ。50ページで。

Notes from a Small IslandNotes from a Small Island
(1996/08/01)
Bill Bryson

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書評、とくにcriticalなことは絶対読了してから、と思っているのでそれはまた今度。
うーーーーん、絶対楽しめると思ったのになあ。
投げちゃうと、やっぱりちょっとへこみます。でもこれは性格だもんなあ。

今読んでる本が、わりと感触が良いのが救いです。やっぱり小説は楽ー。
Rhinoceroses
2008年 04月 14日 (月) 23:23 | 編集
和書は小説なんて読まないくせに、英語多読となると、ノンフィクション苦手です。
Fact Filesもいまいちだった。なんだか盛り上がりに欠けるんだよね〜と相変わらず好き勝手言ってます。

でもノンフィクションだって文章次第と思い知らされたのがこの本。面白くないとか言わさないぞと行間から迫ってくるんです、これは。

でもやっぱり絶版かあ。入手出来ない本を紹介してどうすると言われそうですが、一冊だけS先生の手元にあるはず(私があげたんですけどね)。あの山に埋もれてなければ。

サイの知識が必要な人!サイについて興味がある人!サイが好きな人!

たぶん、どれにも該当しない人が大多数と思います。私もそうでした。

Rhinoceroses (True Books: Animals)Rhinoceroses (True Books: Animals)
(2002/09)
Melissa Stewart

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でもねー、どうしたわけかこの本を読んでると、サイについて大発見をした気になるんです。写真も全部まじまじと見てしまう。おお、サイの耳ってこんなになってるんだ!今度動物園に行ってみようかとまで思ってしまう。

読み終えたあとはいっぱしのサイ博士になった気分。大げさに言ってるわけじゃありません。こんなにサイについて知識ができて私って幸せーとまで思いました。本当に。

これと同じような本を何冊も読んだけど、ここまで引きつけられた本は他に例がなかったです。作者のサイに対する愛かなあ。文章力、構成力、ただ説明すればいいって訳じゃないのよねえ・・・

「参りました」の一言です。この本には。

ぎょっ
2008年 04月 14日 (月) 00:09 | 編集
雑誌の広告で見かけたんですが
日産の「おしゃれで」「スタイリッシュな」車の名前が

「moco」

一瞬目を疑って、そして固まりました。

これが、スペイン語で、ハナクソという意味だというのは、黙っておいた方がいいのかしらん・・・(手遅れ)。

車の名前ってスペイン語由来って結構多いんですね。スペイン語と思っているのは私だけで実際はラテン語だったりイタリア語だったりというのも結構あるみたいですが。

超マイナーな言語で変な意味になるというのは、そこまでチェックできないよなあと思うのですが、こんなにあるんですよ!スペイン語の車。mocoだってスペイン語と思う人(私)がいたっておかしくないです。

ファミリア、ディアマンテ、セフィーロ、シーマ、セレナ、モコ?・・・・

家族、ダイヤモンド、西風、頂点、爽快、そして・・・(がくっ)。
Barack Obama: An American Story
2008年 04月 13日 (日) 23:53 | 編集
コドモの本の活用方法。

大人は、知っておかねばならない一般知識、社会情勢がたくさんあります。
ただ、それを全て網羅するのは無理ってもんです。

おバカキャラでいくと決めているのならいいのですが、たまには教養あるフリもしておかねば。

こういう時、小学生(しかも低学年)向けに書かれた伝記や科学ものは非常にありがたい〜。
もちろんこのオバマ氏の伝記も例外ではなく。
サブタイトルに15分で全てが分かるシリーズとかつけて大人向けに売り出せばけっこういけるんじゃないかなー(わりと本気)。

Barack Obama: An American StoryBarack Obama: An American Story
(2007/08/16)
Roberta Edwards

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原作はもう読まないだろうと思っている古典文学や、細かいところが曖昧な歴史とか、これまでさんざんお世話になってます。英米圏のものはやっぱり英語で読むと理解がストレートです。子供向けということでかみくだいて書いてあるし、思い切ってばっさり編集してあるのがいいんだと思う。

さて大統領選、どうなるのかな。
Pollo Con Ciruelas
2008年 04月 07日 (月) 20:54 | 編集
先日紹介したPersepolisのサトラピの作品。はい、はまっております。

作者はイラン生まれで現在フランス在住。で、この本もオリジナルはフランス語。英語版も翻訳というわけなのです。それならスペイン語で読んでみようか、と。私の発想はいつも安直です。

タイトルからして??だったのですが、チキンのプラム煮という料理の名前なんだそう。アマゾンでこの本の横に出てくる英訳、ちょっとヘンです。(ここでは直しました。)

ちなみに、フランス語でこのようなグラフィックノベル、またはマンガのことをバンドデシネと言います。TINTINとか有名。
ただ、日本のマンガはMANGAと言い、しっかり区別されているようで。

Pollo Con Ciruelas/ Chickens with PlumsPollo Con Ciruelas/ Chicken with Plums
(2006/06)
Marjane Satrapi

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この作品はレビューを読んでも(レビュー少ないので日英西と探しまわって読む羽目に)賛否両論ですね。どこを見てもペルセポリスで感動したから読んでみたけどがっかり〜と書いてある(に違いない)。

確かに作風は全然違います。

作者の大叔父が主人公になっていて、彼はTARという楽器の奏者(かなり有名らしい)だったのですが、ある事件が元で演奏者としての自信を失い、生きる気力を亡くします。
彼の最期のの8日間を一日ずつ追う形式で、家族や小さい時の思い出、昔の恋人、未来のことまでもが描き出されていきます。

構成はかなり凝っていて、マンガというより、フランスやスペインの映画を観ているような印象でした。
心理描写がshallowと書いてる人もいたけど、これはハリウッド映画じゃないんだから、いちいち全部説明してないんです。マンガでこんな印象を受けたのは初めて。ペルセポリスもそうだけど、サトラピ、すごいです。

参考までに、英訳はこちら。
Chicken With Plums (Pantheon Books)Chicken With Plums (Pantheon Books)
(2006/10/03)
Marjane Satrapi

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The Invention of Hugo Cabret
2008年 04月 04日 (金) 21:52 | 編集
本にも鮮度があると思う。

読みたい!と思って購入、それが読み時。すぐに読み始めると、一番おいしいところを頂けるのだけど、しばらく積んでおいて、忘れた頃に読んでも最高の感動は味わえない、かもしれない。中にはいい感じで熟成されて(ワインやチーズか?)味わいがでてくるものもあるのだろうけど、大抵のペーパーバックは黄色くなってホコリがついて、そんな本あったっけ、となってるような気がする。

あくまで自分が基準なので、出版年度はあまり関係なさそうなんだけど、話題になってる時に読む、というのも鮮度のうちかな。

だから未読本はできるだけ増やさない。
読みたいと思った本は、かなり読めるようになってきていると思うので、その時その時に一番読みたい本を読む。そしてどんどん目移りするべし。

といいつつも、私は次に読む本どころか、次の次の次くらいまではいつも決まってます。
でもそれでは読書の一番いいところが台無しだーと、少しずつ変えようとしてるんです、はい。

これは、注文してからかなり待たされました。
掲示板でかなりおすすめされていたのですぐにでも読みたかったんだけど、そういう本に限って待たされる。
カルデコット賞受賞で500ページ超ときけば、どんな本!?と思わずにはいられません。

The Invention of Hugo CabretThe Invention of Hugo Cabret
(2007/10/01)
Brian Selznick

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まずページの色。
意表をつく構成。ひきこまれるような鉛筆描きの絵。
シーンの切り取り方に思わずはっとさせられます。文章もあるんだけど、この本は、なんといっても絵です。何ページあってもいいから全部絵だったらいいのにとか思ったり。

期待を裏切らない、ページをめくる手が止まらないんだけどいつまでもこの世界にいたくてめくりたくない、そんな悩ましい思いを久々に味わいました。

そして読後あらためて表紙を見ると、



そういう訳だったのか・・・
Dear Dumb Diary: Let's Pretend This Never Happened
2008年 04月 03日 (木) 21:59 | 編集
最近は、「こどものようにどんどん英語を吸収しましょう」なんていう方法が流行っているようですが、自分の子供時代を思い返すと、素直で、無垢で、まっすぐだった時代が果たしてあっただろうかと(笑)。

それでも日本語はなんとか使えるようになったようですが、今更こどものように〜と言われても邪念や雑念だらけのこの私、おまけに唯一の取り柄だった記憶力も、すでに忘却曲線、あとは落ちるのみ。

昔は児童書といえば素直でまっすぐな子が主人公で、ひねくれ者は悪役と相場が決まってたものですが、最近はそんな子でも立派に児童書の主役に。

この表紙、他人事じゃありません、つま先もしっかり見てね。

Dear Dumb Diary: Let's Pretend This Never Happened (Dear Dumb Diary)Dear Dumb Diary: Let's Pretend This Never Happened (Dear Dumb Diary)
(2007/05)
Jim Benton

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現在は分別ある立派な大人の私としては、ミートローフごときで三ページもうだうだ日記書いててどうする、どうせ世界が自分中心に回ってると思ってんでしょーと我を忘れて力一杯の悪態。

(分別・・・・?)

ちなみに私の多読ですが、「なるようになればよい」。こどもだっておとなだって。
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